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アショカツアーズ流インドの歩き方

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仏教美術の最高峰 アジャンタ石窟群【世界遺産】

2015年01月30日 13:56


アジャンタは当初、仏教を学ぶ僧たちが集い、ビハーラ(僧院)に住みながら、チャイティア(寺院)で修行を行う場でした。


しかし6世紀頃より仏教は衰退のかげりを見せ始め、僧たちはだんだんと離れて行きます。


そして、いつしか誰もいなくなり、忘れ去られた存在となりました。


 


~ 千年もの時が流れました ~


 


19世紀のある日、イギリス人将校がトラ狩りをしているうちに、樹木がうっそうと茂るジャングルへ入り込んでしまいます。



逆にトラに追われた将校は、ワゴーラー渓谷に逃げ込みました。



その時、「おや?よく見ると上のほうの岩肌に孔が・・・」



蔦をかき分け、その一つに入ってみると・・・



な、な、なんと!!


 


ジャングルに深く深く埋もれていた石窟は、こうして偶然に発見されました。


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■2期に分かれて建造された石窟群


アジャンター石窟は、馬蹄形の渓谷に沿って、岩を“横穴式にくり抜いて”造られています。


(対してエローラは、岩山を“上から掘り抜かれた”石窟が多く残ります。)



チャイティア(祠堂)とヴィハーラ(僧院)の2種類の石窟が、計30窟、紀元前2世紀から数百年かけて手彫りされました。


 


紀元後2世紀以降の400年間、いったん建造が止む時期がありますが、5世紀になり再度、新たな石窟が掘られるようになりました。


このため、石窟群は「前期(第一期)」と「後期(第二期)」の2つに分類されます。


『素朴な雰囲気、仏像なし=前期石窟』『装飾が多い、仏像あり=後期石窟』と大まかに見分けられます。


シンプルな石窟ほど古く、彫刻や壁画が多彩で凝っているほど新しい時代の石窟です。


一部の前期石窟にも、フレスコ画や立派なエントランスなどの装飾が残りますが、後の時代になってから追加されたものと考えられます。



1000年もの間忘れ去られていたことが幸いしてか、他の遺跡で見られるような異教徒による破壊を免れ、当時のままの美しい姿をとどめます。


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■アジャンター石窟を訪れるには


●場所


インド中西部デカン高原の都市オーランガバードから106km(車で片道約2時間)


(最寄りの国際空港はムンバイ)


 


●見学の流れ


駐車場から、まずは環境保護のために電気バス(片道55ルピー)に乗り換えます。



いろんな国の人々が乗ってきます。



降車後に入場券(250ルピー)を購入し、遺跡まで少し歩きます。



「たくさん歩くのはしんどい・・・」という方は、駕籠(有料)に乗って運んでもらうこともできます。



道は一本なので、行った道を折り返して戻ってきます。(平均所要時間:2~3時間)



 


第1窟~30窟まであり、建造時期には関係なく入り口から近い順に番号が振られています。


見学の順番は人それぞれですが、ほとんどの方は手前から順に入っていきます。


 


■ゆかりのひと


●玄奘三蔵(三蔵法師)


仏教研究の最高学府ナーランダ大学での学びを終えた7世紀半ば、“さらに見聞を広よう”と新たな旅に出かけ、アジャンタ石窟を訪れました。


 


●荒井寛方(あらい かんぽう)、野生司香雪(のうす こうせつ)


日本画家のお二方は、大正6年(1917年)にインドへ渡り、アジャンタ壁画の模写を行いました。


野生司香雪はその後、ベナレス近郊のサールナートにあるムーラガンダクティ寺院にて、「お釈迦様の一生」の壁画を描きました。



 


<<< アジャンタ石窟群を訪れるツアーはこちら >>>

アジャンタ石窟群/前期(第一期)【世界遺産】

2015年01月29日 13:53

■建造時期:紀元前2世紀~紀元後2世紀


仏教が広まった初期の時代、お釈迦様の教えを純粋かつ厳格に守る仏教僧の信心により造られた、祈りの場(チャイティヤ)と修行のための住処(ビハーラ)。


2200年もの昔、人々の手元にあった道具は簡単な木槌とのみだけ。


固い岩山を手彫りし100年以上かけて完成させた空間には、崇高さが漂います。


装飾が少なくシンプルな様相こそ、時代が古い証拠です。 


 


●チャイティア(祠堂)


第9窟


紀元前1世紀に造られた、比較的小規模な石窟です。


エントランス上部には、カーブが美しい切妻窓。


 ⇒


アショカツアーズのマークのデザインに拝借させてもらってます。



後期に比べると、ストゥーパも柱も彫刻の装飾が少ないシンプルなデザインです。


柱にはフレスコ画が残り、2000年も前のものとは思えないほどの色を保ちます。


 


第10窟


1819年の再発見の際、最初に見つかった石窟といわれ、イギリス人将校のサインがどこかに残ります。


石窟群の中では最も古い時代、紀元前2世紀に掘削されました。


第9窟の倍の広さがある大規模なお寺です。


 


●ヴィハーラ(僧院)


第12窟


約11平方メートルの広い空間と、左右・奥に各4つの部屋(僧房)があります。


 


第13窟


 第12窟に比べると狭く、全体で7つの部屋(僧房)があります。


 部屋の中を覗くと、岩を掘りぬいた石のベッドや枕が見られます。


 


第30窟


位置は第15、16窟の間にあり、1956年に発見された未完成の石窟。


 


<<< アジャンタ石窟群を訪れるツアーはこちら >>>

アジャンタ石窟群/後期(第二期)【世界遺産】

2015年01月28日 10:08


■建造時期:紀元後5世紀~7世紀


“人物を模った仏像”が初めて造られた3世紀以降の建造のため、後期のチャイティア窟には「仏像の彫刻」が多く見られることが、前期とは大きく異なる特徴です。


隙間なくほどこされた彫刻には、石匠たちの“静かで熱い魂”が、刻み込まれています。


洞窟の静けさの中、いにしえの時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれます。


 


●チャイティア(祠堂)


第19窟


宮殿のような風格のエントランス。



神々やお釈迦様の像は、後の時代に追加で彫られたと見られます。



内部は、木造建築の天井の梁を模したデザインです。



ストゥーパの前面にも仏像が彫られています。


 


第26窟


一見、第19窟と似ていますが、奥深く掘られ隅々まで装飾をほどこされた、一層大きく豪華な石窟です。



最も遅い時期の5世紀末より掘削され、素朴なデザインの初期の石窟に比べると、隅々にまで緻密に装飾され、保存状態もよく残ります。


柱の上部も隙間なく彫刻がほどこされています。



柱の奥の壁には彫刻がぎっしり。



降魔図」とみられるお釈迦様の座像。



全長7mもの涅槃仏。



 


第29窟


  未完成です。


 


ヴィハーラ(僧院)石窟


第1窟


石窟群の一番手前にあり、後期を代表する石窟。


内部の壁面に描かれた蓮華手菩薩(菩薩:悟りを開く前のお釈迦様)。



この壁画はアジア各地の仏教美術にも大きな影響を与えました。(法隆寺金堂の壁画など)


その他、お釈迦様の前世の物語などが題材の壁画が残ります。


 


第2窟


仏像や壁画が残ります。


 


第3窟


 未完成です。


 


第4窟


奥に祠堂が作られ、お釈迦様の座像が鎮座します。


 


第5窟


 未完成です。


 


第6窟


 


第7窟


エントランスはどっしりとした構えの柱。



千体仏の彫刻。



奥の祠堂にはお釈迦様の座像。


 


第8窟


未完成です。発電室に使われています。


 


第11窟


奥に祠堂が作られ、お釈迦様の座像が鎮座します。


 


第14窟


未完成です。


 


第15窟


前期建造の第12、13窟と似ていますが、部屋があるのは左右の壁のみで、奥には祠堂のある造りです。


 


第16窟


16窟~26窟への階段の入口では2頭の象がひざまずいて迎えてくれます。 



 


第17窟


1500年前のものとは思えないほど鮮やかな色彩の壁画が残ります。




一人ひとりの表情が、とても生き生きしています。



お釈迦様の前世の物語(ジャータカ)が題材です。



複雑な唐草模様と幾何学模様の天井画。



隅々まで美しく飾られています。


 


第18窟


 


第20窟


奥に祠堂が作られ、お釈迦様の座像が鎮座します。


 


第21窟


 


第22窟~第25窟


 未完成です。


 


第27窟


 


第28窟


 


※第3、5、8、23~25、29、30石窟は未完成ですが、「建造の行程がわかる見本」として、これはこれで貴重な歴史的遺構です。



のみで少しずつ掘った跡が残ります。


 


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